『流派概要』の項で触れてありますように、鹿島神流の完成は松本備前守紀政元によって創案された一之太刀に遡ります。これは「五ヶ之法定」と称される基本原理の各真理(動静一体・起発一体・攻防一体・虚実一体・陰陽一体)の均等なバランスの上に結晶した剣術の極意技と見なすことができます。さらに形而上学的なバランスをも導入した鹿島神流の武術の真髄は、第十二代師範家の國井大善源栗山によって編み出された「無想剣」に見て取ることもできます。一之太刀が五ヶ之法定を「新当の理法」に照らして洗練した技であるのに対して、無想剣は五ヶ之法定を「気当之事」に照らして洗練した技だと言えるのです。このような、神武の精神を希求してひらめきと工夫の下に産み出された技が突出することなく他の技と共に武術体系の一部として内包されているのが、鹿島神流なのです。


また、哲学的基本原理としての五ヶ之法定と並んで、物理的基本原理としての「方円曲直鋭」が鹿島神流の重要な要素であることも指摘しておかなければなりません。それは、全ての技を螺旋運動として操るための基本法則だとも言えます。究極的に「宇宙創元の理」へと収斂すべき鹿島神流の教義では、武術をも発顕・還元・推進を繰り返す無始無終の自然現象として捉えているのです。鹿島神流の構を例にとれば、それは技の起こりの形であると同時に技の最終形であり、動きを内在した静止状態だということになります。


現在の鹿島神流は、第十八代師範家の國井善弥が能力の極限まで武術の修練を重ねつつ、代々伝承されてきた技の各々を五ヶ之法定の下に再検討し、日本神武の精神の中核をなす「武甕槌命の包容同化の剣」に再び昇華させたものです。この武術内容は、第十九代師範家の關文威が護持・継承してのち、現代教育に適した形態で次世代へと講武されています。鹿島神流武術の特長は綜合武術であることです。その技のすべてが表裏一体の性質を持っており、表業は剣術・懐剣術・抜刀術・杖術・薙刀術・槍術などに、裏業は柔術・棒術などに分類することができます。そして、表業を遣っている場合でも、相手との状況変化に応じて裏業へと転ずることになります。それらすべての技は同じ基本原理で具現されるため、基本的な技の熟達が剣術と柔術で達成されれば、長物やそれらへの対処を含む武芸十八般にわたる自在な技の操行が可能になるのです。

鹿島神流の稽古において、剣術の術技習得のための組業は「基本太刀」「裏太刀」「相心組太刀」「実戦太刀組」「合戦太刀」「鍔競・倒打」「抜刀術」から構成されています。

  • 基本太刀
    鹿島神流師範家の道統が直心影流を称していた時代に「法定之形」と名付けていた組太刀です。この組太刀は師範家四代の小笠原源信斎が改編した4本の技を継承する時代もありましたが、師範家十二代の國井大善が天狗書に基づいて鹿島神流を復興してからは元来の5本の組太刀に戻して稽古に供しています。

    基本太刀は「剣心体三位一体の極意」を体得するために構成された優れた組業ですが、入門してすぐに手ほどきを受けることができます。稽古の際には木刀を武具に用いて必ず基本太刀の稽古を行いますが、それは鹿島神流の技を遣う上での主要な技術的要素の基礎が全て詰まっているからです。それだけ、10年、20年の練武を経てもなおそこに秘められている奥義を追求させて止まない魅力に富んでいます。

  • 裏太刀
    互いに間合を測りながら接近して技を遣う稽古になります。裏太刀の組業を学習すれば、鹿島神流が受ける武術ではなく先に先にと攻める武術であることが理解できます。これは、攻撃を受けてから対処する戦略とは全く異質のものです。

  • 相心組太刀
    仕太刀と打太刀が同じ戦略を持って斬り結びながら螺旋の動きで技を遣い、互いが発する気の流れを剣の技に載せながら勝ちに乗ることを学びます。鹿島神流が流派・名称を名乗る以前から上級武士がたしなむ剣術として存在していた主要な技を、國井家が太刀組業に編んで洗練し、数百年にわたって相伝してきた位の高い組太刀です。

  • 実戦太刀組
    10本の技から成る組業であり、一歩踏み込めば相手を斬れる間合での立合い稽古になります。仕太刀が技を仕掛ける瞬間の気を察知して、打太刀が後の先で技を遣います。それに対して仕太刀が裏技を極める、実戦さながらの組業です。鹿島神流が新陰流の名称で水戸徳川藩などに武術を広める際には、この組業のみを形稽古のために用いてきました。

  • 合戦太刀
    戦場の合戦に適した技を習得するために編まれた組業です。鎧をつけた者同士が、充分離れた距離から間合を詰めて技を遣います。鎧を身に着けた相手の弱点を衝いて合戦場で如何に相手を倒すか、力学を合理的に応用して考案された技の多様性などを学べます。

  • 鍔競・倒打
    組太刀では勝負を付ける事が困難な達人同士が斬り合いを鍔競に移して相手を倒す技を、組業として学びます。剣を手にしたままの状況で柔術を遣う術技となります。

  • 抜刀術
    刀身が鞘に収まった状態を構として剣術を遣うための組業です。打太刀の斬り込みに対して体を捌きつつ抜刀し、打太刀の攻撃を一挙動で制する技を学びます。初心者の段階では相手を想定しての一人稽古もしますが、相手の攻撃を受けつつ気の流れを合わせて技を遣う稽古が基本です。

鹿島神流では、これら表業である剣術の技が免許相当に遣えるようになれば、裏業である柔術や棒術の技も僅か一日の稽古を積み上げるだけで自在に遣えるようになるとされています。それは、剣術の体捌きが鹿島神流の武芸十八般すべての体捌きの基本となっているからです。すなわち鹿島神流においては、柔術の体捌きさえも剣術の場合と基本的には同じで良いのです。

ただし、裏業の技を掛ける際には体力差等の力学的要素が勝負に大きな影響を及ぼすことになりますので、武術における力学的効率を高める気の発し方や、一元の動きのうちに投げ技を極めてしまう螺旋の動きが特に重要になってきます。この修練を段階を追って可能とするために、柔術の組業は「霊気投げ」「居捕」「立業」「投業」「具足捕」などから構成されます。

  • 霊気投
    技の体系としては明記されていませんが、全ての技に通ずる鹿島神流の基本動作が含まれています。気の流れを体の捌きと一致させて、力学的に効率の高い柔術技を遣うことを体得する基礎修練です。この技の起源は古事記に記載されている神話、「葦原中国の平定 5 建御名方神の服従」のくだりに記述されています。それは、鹿島大神の建御雷之男神が諏訪大神の建御名方神を投げ飛ばして降参させた業であり、その詳細は「諏訪大神が鹿島大神の御手を掴むと、御手は氷柱と成り、また剣の刃と化した。諏訪大神が恐れ戦き尻込みしてしまったところを、今度は鹿島大神が諏訪大神の御手を素早く掴んで握り潰しつつ投げ捨ててしまった」と述べられています。この技を稽古して鹿島大神の御心に触れる事ができれば、それに勝る心持ちはないでしょう。

  • 居捕
    互いに正座して相対した状態で技を遣う組業です。座った態勢では、下半身の動きが制限されるので、不要な動きをすべて省略した体捌きが稽古できます。この場合、丹田から強く気を発しながら技を遣わざるを得ないので、気の流れを体捌きと一致させて柔術技を遣うことを特に意識した練習が可能になります。

  • 立業
    立った体勢において種々な攻撃を受けた場合、居捕の技を基礎としながら、下半身を伴う自由な体捌きで技を遣います。自ら攻撃を仕掛けて、相手の返し技を誘いつつ裏技を繰り出して、仕掛け技から裏技までを一元のうちに遣う組業です。

  • 投業
    立業よりもさらに空間的・時間的なひろがりを持つ技が出てきます。見た目にも大変ダイナミックで、相手の攻撃に応じて力学的に最も効率の良い作用を加えることで相手の動きを封じる組業です。「五ヶ之法定」と「方円曲直鋭」に示される武道の原理を体得するための良い修練になります。

  • 組業具足捕
    合戦場において鎧をつけた武士同士が、もはや武器が尽きた状態で互いに間合を詰めて技を遣う武術です。剣術の合戦太刀のような古式の伝統を強く感じさせます。鎧で制約された動きの中で、梃子や滑車の原理などを有効に応用する一連の技から成り立っています。

  • 捕手返
    相手の攻撃として掴み・突き・蹴りなどの幅広い選択肢を想定して構成されています。また、短刀を振り回してくる場合の攻撃も想定してあります。一方、自分の体勢としては、両手が自由に使えない場合や周囲の障害物が邪魔な場合も想定してあります。このように様々な状況への対処の仕方やヒントが詰まっているこの組業は、現代社会における護身術としても役立つ機会があるでしょう。

  • 後業
    背後からの攻撃に対処するための工夫です。

稽古は伝統的な講武形態を踏襲して、即実性のある「形」の習得を心掛けています。すなわち、即実性のある「形稽古」を行なうことによって実戦的な技を身に付けるようとしているのです。これにより、技の「型」を単になぞり学ぶだけの即実性の無い「型稽古」を厳に排斥しているのです。


2002年11月5日 更新